越前屋俵太論

酒井敏 静岡県立大学特任教授・副学長
『直観で生きる男 越前屋俵太』

2025年7月2日

 世の中、2種類の人間がいる。論理で考える人と、直感で考える人である。大学の研究者は、最終的に自分の考えを論理的な「論文」としてまとめなければならないので、極めて論理的に考える人種であると思われがちだが、必ずしもそうでもない。そもそも「研究」とは、これまで他の人が考えたことがないようなことを考えることである。つまり、既存の論理の外側を考えることなので、既存の論理の延長で済まない可能性がある。そこでどうするかというと、まずは直観に頼る。直感でイメージを膨らませ、それが合理的に成立するか論理的に検討することになる。私個人としては、直感的に考える最初のステップが一番楽しいのであるが、直感は人によって異なるし、言語化もされていないので、その段階で他人とコミュニケーションを図るのはなかなか難しい(と思っていた)。

 1990年代に「モーレツ!科学教室」という深夜番組があった。越前屋俵太さん扮する“ポンチ君”の素朴な疑問に、平智之さん扮する“とんち博士”が白衣姿で答えていくものである。これが、実に面白い。収録はスタジオではなく街の中。街ゆく人々を次々と巻き込んで展開していく。スタジオのように、あらかじめ周到に準備された設備もなく、たまたま近くを通りかかったおじさんに、突然、難解な数式の解説をするわけにもいかない。本能的な直観勝負である。内容は物理的にかなり高度な内容であるにも関わらず、表面的な笑いでごまかさず、本質的な説明に踏み込んでくる。直感だけで、これだけの表現ができるのかと、大きな衝撃を受けた。

 それから四半世紀、大学は大学改革の波に飲み込まれ、どんどんマジメになってきた。マジメというのは、既存の論理からはみ出さないということである。これでは、新しい発見も、イノベーションも起こらない。人類が進化するためには「変人」が必要なのである。研究にしても開発にしても、最先端にいる人間は変人にしか見えない。なぜなら、彼らは既存の価値観の外側にいるからである。そして、彼らの感覚の多くは直観に基づいていて論理的ではなく、まだ言語化もされていない。だからこそ、世間一般になかなか理解されないのであるが、研究で一番面白いことは、そこにある。それをなんとかうまく理解してもらえないだろうか?そんなことを考えていた時、昔見た俵太さんの番組を思い出した。しかし、彼はテレビの向こう側の人である。

 そんなある日、京大の教員紹介動画が目に止まった。この手の動画は、大抵よそよそしさを感じるものであるが、その動画は教員が実に自然に話をしていて、本音が伝わってくる。こんな感じで普通の人からは変人に見える研究者の本音をうまく表現できたら、と思ってよく見ると、なんとインタビュアーは越前屋俵太さんではないか!俵太さんが近くにいる!早速、コンタクトをとって「京大変人講座」への協力依頼をした。

 といっても、まだ「京大変人講座」という名前も決まっていない構想段階である。「とりあえず、京大の変人を何人か紹介してほしい」と俵太さんに言われ、私が登壇してほしいと思う変人数人に声をかけて、集まってもらった。そこで判明したことは、私が声をかけた変人は、なんと全員俵太ファンだったということだ。中には、俵太さんの番組すべてのテープ/DVDを持っているという強者までいた。つまり、俵太さんの直感的表現力は、私だけでなく、私が「変人」と思う研究者全員の心に刺さっていたのである。

 世の中には、論理的に正しいことはたくさんある。そして、その多くはお互いに矛盾する。だから、戦争がなくならない。しかし、俵太さんの直感的表現力は、言語を超え本能的普遍性をもつ。これは最強ではないか!


酒井 敏(さかい さとし)

2023年3月まで京都大学大学院人間・環境学研究科教授。現在は静岡県立大学グローバル地域センター特任教授、副学長。理学博士。専門は地球流体力学。京都大学に42年在籍。大気や海洋の力学的構造の研究のほか、フラクタル構造を応用した日除けを開発するなど、多様な研究を展開している。2017年、京都大学の未来に危機感を抱き「京大変人講座」を開講。著書に『京大的アホがなぜ必要か−−カオスな世界の生存戦略』『都市を冷やすフラクタル日除け』『野蛮な大学論』、共著に『京大変人講座』『もっと! 京大変人講座』などがある。

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